結婚が成功するかどうかはあなたの態度で決まる

誰もがみな、ある一定の年齢を迎えると結婚について思いを巡らします。

結婚について良いイメージを持っていようがいまいが、ある年齢に達すると「この先ずっと一人で生きていくのかな……そんなの嫌だな……」と思うようになるのです。

その証拠に、折からの婚活プームにのって、それまでは結婚について積極的ではなかった多くの女性たちが、こぞって婚活に精を出しています。しかし、一つはっきりしていることがあります。

それは、結婚が成功するかどうかは、今のあなたの態度によって決まるということ人は結婚に対して、二つの態度をとることができます。「願っているとおりの素晴らしい結婚生活は実現する」と信じる積極的で前向きな態度と、「どうせ期待していることは実現しない」という消極的な態度の二つです。

この態度の違いが、その後の全てを決めてしまいます。人の行動は態度によって影響を受けます。態度が間違っていたら、良い結果を期待することも間違っています。

良い結果とは、それを得ることができる態度をもって事に当たった結果なのです。繰り返すようですが、誰もがいつかは結婚について思いを馳せる時がきます。

結婚なんて……と悲観している人でも、一人で生きていくことを考えるよりは、誰かと生きていきたいと思うのですから。けれども、あなたが、結婚について積極的で前向きな感情を抱いていなければ、いくらそれに着手したところで、あなたが手にする結果は目に見えています。ですから私は願うのです。

あなたが、結婚についての良いイメージを持ち、自分の第一章結婚するってこんなに素晴らしいこと人生に素晴らしい結婚生活が実現すると積極的な期待を持つことを。

もちろん私は、非現実的でメルヘンチックな世界にあなたを誘おうとしているのではありません。前述したとおり、憧れだけで結婚することなど良いと思っていません。それでも私は言いましょう。まずはあなたの心を、夢から覚める前の純粋な期待で一杯に満たしなさいと。そこから始めるのです。

■「結婚の何がいいの?」

こういうことを言う人は、残念ながら結婚がいいとは思えない現実を見てきたか、あるいは自分自身で、そう思わざるを得ない結婚生活を体験してきたかどちらかだと思います。

それまで自分が見てきた、あるいは体験してきた結婚生活の実質がどのようなものであったかが、私たちの結婚観をつくっています。これは当然のことですよね。

私たちが目撃する最初の結婚は両親です。両親の関係がどうであったかは、私たちの結婚についての考え方に大きく影響しています。つい先日も初代の女性がこんなことを言っていました。ひど「私の両親は仲が悪かったんです。父の言葉の暴力が酷くて、母はいつも精神的に追い詰められていて、母にとっては私だけが、愚痴を言える相手だったんです。母は毎日のように『結婚なんでするもんじゃない』と言い続けたんです」彼女は大好きな彼からプロポーズされた直後でした。それなのに、彼女は単純に喜べず、自分が結婚に対して恐れを抱いている事実と直面することになってしまったのです。「彼は申し分なく素敵な男性なんですけど、私が決断できないんです。これは私自身の問題です・・・」彼女はそう言いました。それは、彼女が見てきた両親の姿、そして傷ついた母親から語られ続けた言葉による影響でした。

結婚相談所 IBJパートーエージェント

晩婚化が起きる原因

晩婚化が起きる原因

日本社会における婚活

日本人の結婚年齢の統計

日本を始めとした先進国では晩婚化の傾向にあり、日本人が結婚する平均年齢は女性が27.4歳、男性が29.3歳となっています。

日本ではさらに晩婚化が進むと予想されており、10年ほど前と比べると実に2歳以上も結婚の平均年齢が上がりました。

逆に夫婦の年齢差は1950年には2.9歳だったのが、1.9歳まで収縮されました。男女に社会的格差、一歩後を歩くような上下関係が見られなくなってきたのも要因の1つです。

一方、相手に希望する年齢は女性が男性に対して29.5歳、男性が女性に対して26.3歳となりました。

希望する年齢差は3.2歳で、夫婦の年齢差の平均との差が開いており、男性が若い女性を好む傾向であるのがわかります。

数字で見るとわかりますが、結婚する年齢は明らかに上昇しており、女性の社会的自立、日本経済の悪化、得失感情の変化などが影響しています。

女性の社会的地位の確立

日本で晩婚化が進んでいる最も大きな要因は、女性も社会で活躍する機会が増えたことです。

高校を卒業してから結婚を意識し始める人もいますが、仕事のことを考えて、結婚を控える女性が顕著に増えてきました。

決して否定的な現象ではなく、女性も頑張り次第によっては地位が得られますし、給料も男性を上回るのが当たり前となりつつあります。

その結果、仕事に対する責任感も強くなり、結婚することで育児問題が出てくることを避けるために晩婚化が進んでいるとも言えます。

子どもが生まれれば仕事を休まなければなりませんし、与えられる仕事がこなせない状況も出てきてしまいます。

男性が育児に協力的な場合は良いのですが、仕事に専念する男性の方が多いです。男性も育児休暇を取得するケースがありますが、育児休暇はまだまだ浸透しておらず、1%に満たないわずかな人しか利用していません。

女性も男性も平等に育児に参加し、仕事も両立していける環境にあれば、晩婚化の傾向は減ると予想されています。

経済状態が不安定な状態

例えば、先ほどの女性が育児に専念する間でも、育児手当が充実していない場合は生活費を男性の給料に頼むしかなくなります。

不景気の時代で1人暮らしも大変と言われている中、家族全員を養える余裕が無いという不安も晩婚化を進ませる要因となっています。

十分な蓄えを作って、安心して結婚ができる状況になってから結婚を考える人が増えているので、格差社会が広がっている日本において、晩婚化はさらに進むはずです。

子どもに対する手当てが日本は比較的に少なく、子どもを産みたくても産めない方もいます。

2006年には出生率が1.32にまで落ち込みました。出生率が2.07より低くなると、人口減少、人口高齢化の促進につながります。

人口が減少傾向になると労働人口も少なくなり、逆に全人口に対する高齢者の割合が増えますので、経済的な負担の増加は避けられません。

児童手当を増額したり、託児施設を増設したり、産婦人科の医師を増員する必要があるのですが、子どもへの財源はカットされ、保育園と幼稚園は足りず、産婦人科は医師不足でなくなりつつあります。

安心して子どもを育てられる日本になることを切実に願っています。

結婚が幸せとは思えない

以前はある程度の年齢になると独身でいるのが恥ずかしいとされてきました。

「結婚もできないなんて…」と思われることから、「早く結婚しなくてはいけない」との焦りが婚活を促していました。

結婚していないことで会社での影響力も変わります。結婚したから、子どもが生まれたから昇進するというのも、終身雇用が確立されていた日本では良くある話でした。

しかし、最近では独身が恥ずかしいことではなくなりましたし、会社でも未婚、既婚に関係なく採用されるのが当たり前となっています。

死語になりつつありますが「独身貴族」という言葉が生まれるほど、独身の方が自由な生活ができますし、理想的に暮らせると考える人も増えています。

結婚にない未婚生活の利点としては、男女とも「行動や生き方が自由」を約70%が挙げています。

この状態を改善するためには、仕事をしていても育児に追われない育児休暇の拡充、子どもを産むことが家計を圧迫しない手当ての充実などが必要です。

結婚相談所で婚活する女性たち

二OO八年に『「婚活」時代』を出版して以来、「婚活」はニOO八年、二OO九年の流行語大賞に連続ノミネートされ、NHKで「コンカツ・リカツ」(二OO九年)としてテレビドラマ化されるなど、一躍社会現象となりました。

最近では、男女ともに「婚活中です」という宣言もめずらしくなくなりました。わたしと白河桃子さんとで「婚活」という言葉をつくったわけですが、「パラサイト・シングル」、「フリlタl」、「引きこもり」と同じように、すでに現象としては存在していたのだけれど、適当な言葉がなかったため、今まで注目されなかったものなのです。

ちなみに、パラサイト・シングルは、一九九O年頃、親と同居してリyチな生活を楽しむ独身者が増えてきたという調査結果をもとにわたしがつくり出した言葉です。にんかっその後、白河さんの書いた『妊活バイブル』(粛藤英和氏と共著、講談社)の「妊活」もそうですが、いろいろな「O活」という言葉が大量に出てきました。

「妊活」は妊娠活こいかっ動のことで、そのほかにも、恋愛相手を探す「恋活(恋愛活動)」、自分が亡くなる時の準鼠備を行う「食肉(終末活動)」、子どもを入れる保育園を探す「保舵(保育園活動?)」、さらには、パ1トの働き先を探すことを寸ハi活勺ハI卜就職活動こなどと呼ぶようになっているそうです。これらの「O活」という言葉は、現代という時代を象徴しています。

それは、今までは自動的に起きて、特に考えなくてもうまくいっていた人生のイベントが、自ら主体的に選択し、積極的に活動しなければ達成できないものになっているということです。就活は、学校を出ればたいした努力をしなくても就職先が決まる時代が終わり、バブル崩壊後、正社員への就職が難しくなった時代に出てきた言葉です。

そして、近年出てきた妊活は、今まで自然に任せるしかないと思っていた妊娠を、結婚の高年齢化や出産時期の調整の必要などによって、意識的に行う必要が出てきたことが背景にあります。終活も同じです。一昔前は、自分が亡くなった時どうなるかなど心配する人はほとんどいませんでした。

子どもに看取られて先祖代々のお墓に葬られると信じて亡くなることができました。しかし、今、さまざまな形の葬儀を自分で選べるというだけでなく、黙っていたのでは、今まで通りの葬儀も受けられない可能性も出てきているのです。

保活も、昔は役所にお任せするしかなかったのに、今では、いつ、どこに、どのような保育園に入れるかを選択することが求められると同時に、活動しなければ、望む通りの保育園に子どもを入れられないどころか、保育園自体に入れることすらできなくなる事態も出てきました。

このことからわかるように、「O活」という言葉が流行する裏側には、人生のイベントをとりまく社会状況の変化があります。そして、その変化には、プラスとマイナスの両側面があります。

プラスの側面は、いろいろな人生のあり方を選べるという側面です。つまり、「O活」は、人生のイベントに選択肢が多くなっていることの反映です。しかし、それは同時に、望んでも実現しない機会が増えることでもあります。

普通の就職、普通の結婚、普通の保育園入園、普通の亡くなり方でなくてもよくなった反面、「自分で活動しなければ」その普通でさえも手に入りにくくなった時代になったことを意味しているのです。この状況を、社会学の専門用語では、「再帰性の増大」という言葉で語られます。これは、選択肢が広がっていろいろなライフスタイルを送ることができる可能性は広がったが、逆に今まで通りの普通の生活を送れる保証もなくなったことを意味します。

それは、普通の生活しか許されない代わりにそれが保証されていた時代は終わったということです(もっと知りたい人は、アンソニl・ギデンズやウルリッヒ・ベック、ジグムント・パウマンなどの社会学者の著作、もしくは、わたしの『希望格差社会』(筑摩書房)をお読みください)。選択股が少ない日本もう一つ、「O活」という言葉がたくさんつくられ流行した理由があります。それは、人生のイベントの選択肢が少ない、正しくは、中間的な選択肢が日本ではなかなか認められないということです。

たとえば、男女で一緒に暮らす、もしくは、子どもを育てるのに、欧米では、「同棲」や「未婚で子どもを育てる」という選択肢があります。結婚しなくてもかまわないのです。

そして、フランスや北欧では、多くの若者がまず、同棲してある程度経ってから、結婚をします。しないまま子どもを生み育てることも一般的です。